<よかネット>No.68 2004/3
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ひとり暮らし個族でも、“つながりのある暮らし”さえできれば、
孤独にならず心豊かに暮らせるのではないか。
                糸乘 貞善

 このリポートの第三回目は結論編を述べることになっているが、その結論編の出来が非常に悪くて申し訳ないような次第である。
 もともと、この調査のプロポーズをした段階では、@個族の概念整理、A個族の実態を知る→青壮年のひとり暮らし個族と隠れた個族(世帯内の青壮年の未婚者)、Bつながりのある個族になるには、といったようなことについて、勉強してまとめられればよいと考えていた。とくにBの結論については、青壮年の個族化自体がまだ始まったばかりだと考えていたので、そのネットワーク化についての取り組み事例があるとは考えてもみなかった。
 私たちとしては若年・高年にかかわらず、ネットワーク活動について学べるものがあれば、その活動の核となっている要件を引っぱり出して、“個族のつながり化”に結びつけられればよいというような程度であった。
 日頃からつきあいのある団体やグループの方々には、改めてヒアリングに行ったり、可能な場合には集まっていただいて議論したりして、何かまとまらないかとあやふやに思っていた。その議論の方法は、個族化の進展具合を報告し、事例調査や議論を通して、いろいろなネットワークの核になっている人々に、青壮年のネットワーク化のヒントをうかがおうというものである。
 このあいまいな考え方は、「それでは政策提言とは言えない、“こうすれば、こういった政策効果が得られる”というものではなければ意味がない(誇大表示ではないか)」と指摘され意気消沈してしまった。
 誠に的を得た指摘であったが、われわれの力不足が一挙に露呈した状態で頓挫してしまった。結局、少し提言らしく書けたのは“現代若衆宿”という仕組みの提案である。
 結論編としての第5章の目次を紹介し、その中の「5−2ネットワーク化への第一歩をどう踏み出すか」の部分を抜粋して、第三回の報告に変えたいと思う。

------第5章目次----------------------------

第5章 個族化社会のネットワークのあり方

5−1 希薄化する社会的関係
 (1) 人間関係の希薄化
 (2) 自分の「居場所」は欲しい
 (3) 個族化の現実を踏まえて

5−2 ネットワーク化への第一歩をどう踏み出すか
 (1) 若衆宿というシステム
 (2) 入り口としての現代若衆宿の仕組み
 (3) 教育と結合させた若衆宿

5−3 社会全体で支える地域のたまり場や情報センター
 (1) 場力型のたまり場
 (2) ムラオサ型の地域システム

5−4 ネットワークシステムの維持について

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「個族化社会のネットワーク形成」からの抜粋

5−2 ネットワーク化への第一歩をどう踏み出すか
(1)若衆宿というシステム
有名な若衆宿として、司馬遼太郎がよくふれている西郷隆盛が郷中をつとめた宿がある。このグループは後に日本のリーダーを輩出したことで有名である。
 若衆宿という言葉は一定しておらず、若者組とか若衆組などとも呼ばれている。この仕組みは明治以降に青年団として組み替えられたが、工業化・都市化の中で若者の都市への転出により青年団組織も崩壊の危機に瀕している。また、徴兵制の中で、善悪はともかく、一応の宿的な面をもっていたが、「3つのセイ(政、生、性)」と言われる若衆宿の機能は果たしていなかった。「政」とは大人として村の日々の政(まつりごと)への参加をするための教育、「生」は生きていくための仕事の技術、「性」は良き伴侶を得て、世代の再生産を実現する知恵である。この点で青年団は不十分であった。
 現代はそれを学校教育が行うことになっているが、大学卒の就職モラトリアムの増加に表れているように役割を果たしているとは言えない。また、ある意味では、それは当然のことである。つまり、仕事や暮らしがシンプルであった時代ならともかく、現代のように複雑になった社会で生きていくには、短期の簡単な学び=まねび型の教育では無理がある。これまでの社会人教育は、核家族と工業社会を前提にしてきている。現代の日本では、その企業自体が、安定した社会システムとは言えなくなっている。企業が求めているのは「核家族の当主となった、あるいは当主になる予定の夫」というよりも、家族とは別の「自立した個人」である。
 その個人が生きていく舞台は、企業に依存することができなくなっており、地域社会をベースとせざるを得なくなっている(あるいは企業自体が、地域社会で存在感を持つように変身せざるを得ない)。
 人生60年時代には、企業を社会そのものと考えて、「よき企業人、よき社会人」で人生を終えることができた。現代では一つの企業に属する期間は相対的にも絶対的にも短くなり、最大の人生とみることはできにくい。
 一方女性の場合も、よき企業人の「家内」でいることが出来ても、それ以外の遙かに長い人生がつづくことになる。
 農業や工業社会を前提としない現代の若衆宿は、柔軟で多様でなければならないし、現行の高校・大学などの仕組みと共存させねばならない。つまり、ひとつの仕組みに一定期間閉じこめれば足りるということではなく、多様性を内包し外へもオープンで、広いネットワークでつながれているような仕組みが考えられねばならない。
 私たちは、30歳以降の青壮年の個族化を問題としているが、ネットワークへの「つながり癖」をつけるためには、それ以前の対策が必要である。30〜34歳時点の個族化率(同年代人口に対する、ひとり+隠れた個族)は35.5%(2000年)あるが、25〜29歳では61.8%になっている。この状況をふまえて、20〜29歳時点での対策の考え方を整理すると、次のようなことが考えられる。

(2)入り口としての現代若衆宿の仕組み
 現代社会の仕組みの特色を、もう一度整理すると、昔の個人は地域コミュニティや企業コミュニティに包まれ、守られながら社会と対峙した。従って、昔の若衆宿は、その「囲いの中に若者を送り込む」という役割をはたす機関であった。  それに対して現代は、地域も企業もそれ自体の存続に不安を持ち、同じ仕事の継続で生きていける状況にはない。地域コミュニティの中も、工業・商業・農業の不安定化の波を受けている。社会の入り口に到達した若者達を、同じ仕事の継続を前提として、抱き留められる状況にはない。現代の若者は、先の見えにくい社会に参加するための若衆宿を欲している。
<若者達>
○居場所は欲しい
○社会参加はしたい
○曖昧な位置関係のなかでモラトリアム期間が欲しい

<社会側>
○先は見えにくい
○柔軟な思考力のある若者を

<若衆宿>
○若者にとってやり直しの勉強が出来る
○ベテランの相談係がいる
○柔らかなサポート
○居場所になる

 このような若衆宿は、なかなか難しく、誰が設立し、維持管理するかも含めて、難しい問題かもしれない。しかしこのような柔軟なシステム以外に、個族化する若者に受け入れられるとも思えない。「ベテランの相談員」のイメージは、中小企業の社長OBのような人をイメージしている。つまり、中間の管理係の経験だけではなしに、リスクを負って事業を進めてきた経験が貴重だと思う。中小企業の創業者などは、成績のいい社員だけでなく、色々なメンバーの活用をしてきている。事業経験はともかく、このような直線的でない人生経験をベースに、若者の相談にのり、インターンシップ先の紹介を受けることは、若者にとってありがたいことだと思う。

(3)教育と結合させた若衆宿
 現代の高校生や大学生が、何のために学校に来ているかについて、分からなくなっていることが多い。それは、この問題について語り合う機会が少ないことも影響している。最も身近なはずの親たちは、社会の仕事やニーズが大きく変わっている現代は、自分の子どもの相談にのりにくい人も増えていると考えられる。
 何となく卒業し、何となくフリーターというプロセス以外の探索システムを、学校の仕組みの中に内包させることが出来ないだろうか。
 私たちが接している大学生をみても、硬直化した教育システムと現実の就職との間のギャップにとまどっているように見える。将来、研究者になることを目指して大学に入ってきている学生は、ごくわずかにすぎないと思う。にもかかわらず、教員側は自分の論文を稼ぐという延長上で、その内容を講義に使っているようなところがある。学生のニードは、就職することであり、就職するまでの友人ネットワークづくりや、予備的な知識である。このような仕組みを大学の中に取り入れることは、最も重要なことである。それに応える若衆宿を提案する。
○「若衆宿ネットワーク」として、柔軟な仕組みを内包した組織を各地につくる
○高校・大学の第二年次の一年間は、地域の「若衆宿ネットワーク」に帰属させる
○「若衆宿ネットワーク」の受入機関で社会経験を積むものは、一年分の単位を与える
○「若衆宿ネットワーク」は受入機関として地域の工場・商業施設・旅館・ホテル・サービス業・NPO・公的機関・青年海外協力隊など、幅広い事業所と契約する
○この若衆宿の目的は、学生などの仕事に対するイメージを形成することであり、その経験を持って残りの学生生活を過ごすことによって、「何となくフリーター」というようなケースを減らすことをねらいとする
○高校・大学時に「悩みや迷いの導入」をし、ネットワークの機会を増やし、社会参加を進めることが良い経験になると考える
○悩むことも重要な目的であるので、合わないと思ったら変更できるようにして悩みや迷いを持てるようにし向けることが必要である。例えば、aでうまくいかないとか、もっと別の方向かもしれないと思ったときはeに行ったり、またgに行ったりできるようにする。
 以上が現代若衆宿のイメージであるが、もう少し説明を加える。
 このシステムは学校と事業体の相互信頼で進めるインターンシップのシステムである。1年間ということでもあるので、民間にまかせられないという意見も出ることは十分考えられる。今後検討していけばよいことだと思う。ケースを上げてみると、「北海道の酪農体験を1年間」「沖縄で農・漁業体験」「建設会社を3社まわりたい」「青年海外協力隊員となってラオスへいきたい」「アメリカの大規模農業を経験したい」「コンピューター会社を2社ぐらい回りたい」「介護体験をしたい」「役所で公務のお手伝いをしたい」などである。
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 このリポートの印刷後、現代の若衆宿というテーマについて考えているとき、ほぼこの仕組みと同じもので実行されている聖徳大学の話が入ってきた。それも紹介しておきたい。なお、現在、久留米大学経済学部で、平成16年度からの実施に向けて整備がなされている。

                      (いとのり さだよし) 



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