<よかネット>No.65 2003/9
←前  次→


変わる家族、変わる食卓
          糸乘 貞喜

■“個族化する核家族”を食卓から見つめる
 大変な本である。たとえば第四章の『個化する家族たち』には、核家族が個化している様子が出ている。「ある家庭の(主婦39歳)の平日の朝食。夫は七時に毎朝お決まりの八枚切りトーストとインスタントコーヒーの朝食を食べている。ほぼ同時刻に義父・義母も食卓につくが、義父は六枚切りの角食パンにジャムとミルク、毎朝必ずバナナを要求する。義母は山形食パンにこだわり、これを焼いてからハムをを挟んでコーヒーで食べるのがいいと言う。七時十分から断続的に子どもたち三人が食卓につくが、長男はピザトーストにヨーグルトと麦茶、次男はインスタントラーメンを食べたいと言って……」といった文章が続く。読み出して、はじめのうちは「本当かなあ」とか「まさか」という感じだったが、よく考えて自分の周辺を見回してみると、納得がいく状況である。
 この本は、「1960年以降生まれの主婦を対象にした家庭の2,331の食卓調査をまとめたものである。その調査方法は徹底している。第一ステップでは、食事作りや食生活、食卓に関する意識や実態などについて、質問紙法で尋ね回収する。第二ステップでは、一日三食一週間分連続で、毎日の食卓に載ったものについて、使用食材の入手経路やメニュー決定理由、作り方、食べ方、食べた人、食べた時間などを日記と写真で記録してもらう。第三ステップでは、第一ステップの回答と、第二ステップの日記と写真の記録を突き合わせて分析・検討した後、矛盾点や疑問点を中心に背景や理由を細かく聞く詳細面接を行う」というような面倒な仕事から生まれた“現代の家族と食卓”の実態及び分析レポートである。このような面倒な調査が、1998年8月、99年11月、2000年11月、01年
11月、02年9月にわたって5回行われている。調査票の書き方から、それをもとにした詳細面接のチェックも厳しい。
 私どもが以前に、生活ゴミ調査をした時、「賞味期限がゴミ起源」という言葉が出てきた。現代の主婦たちも、「商品の表示や広告などで『言っていること』や『書いてあること』を絶対視したり、自らの考え、判断より『書いてあること』に従って行動する」ようになっている。たとえば「『カルシュームたっぷり』とか『ビタミン入り』などと書いてあると『よいもの』だと思う」らしい。「1960年代以降生まれの主婦は、『自分の感覚で判断するなんて、そんな『いい加減なこと』はできない」、「『自分の感覚や考えによって行動する』ことは『いい加減なこと』『危険なこと』、それよりは『書いてあることに従うべきだ』とする考えが共通して認められる」時代なのである。
 本書にも「情報化時代が始まった1960年以降に子育てをした(彼女たちの)親世代もまた、『みなさんどうしているの?』『フツーどうするの?』『どうするのが一般的なの?』と情報指向、外部標準指向であったのだと思う」と書かれているが、確かにこの本に書かれていたことは、私たちの世代から始まっていたのだと思う。
 この本を読んでいて強く感じたことは、現代の家庭は“規格主義”“平均主義”“効率主義”であり、「外向きアンテナの家族」になっていることである。これは“工業社会の規範”である。これらの家族の団らんの場であるファミリーレストランも、最も工業化されたサービス業である。
 現在私は、“個族化社会”について考えている。この本も、そのこととの関わりで読んだ。「個化する家族たち」の本を読みながら、これらの、最も工業化された家庭で育つ若い人たちは、“脱工業化社会”だとか、“独創の時代”などという社会で生きて行かねばならないということが気になった。社会性が弱まり、個族化が進む十年後の社会はどんな社会なのだろうか?その時代の社会的安定を、少しでも強める地域政策はどのようなことなのだろうか。   (糸乘 貞喜)









←前  次→