|
所 員 近 況 |
| ■宗像みあれ祭り“見”“聞”記 宗像大社のみあれ(御阿礼)神事を、十月一日に見に行ってきた。この日は、宗像大社の沖津宮(おきつみや)、中津宮(なかつみや)から神輿を辺津宮(へつみや)へ迎える行事である。この日は、日頃の漁業の安全と豊漁を願う漁師たちが、数百艘の漁船で沖津宮までお迎えに行く。その船を従えた巡幸が壮観だというので、見に行ったのである。 行ってみれば色々なことに気がつく。もともと私は、宗像大社とは旧玄海町にある「車のお払いをするところ」だけかと思っていたのだが、三宮を合わせて宗像大社と呼ぶらしい。なお沖津宮が本社とされている(角川地名辞典)。以上が“見”の巻。 “聞”の巻に移る。漁船を従えた御座船が二艘、沖津宮と中津宮から神輿をお運びし、港まで出迎えていた辺津宮の神輿と合わせて三体が浜辺に揃う。今度は担がれて、浜辺から近くの御旅所に向かう。その時神職三人が先導し、御旅所へ向かう。この時神様の動かれる音がする。(ここからはクルマにのって大社へ行かれるらしい。京都の葵祭りもみあれ祭りであるが、そちらは延々と行列をし、それで観光客を集めて稼いでいる)。 日本人にとって神様という存在は、非常に具体的な感じがする。建築工事などで、地鎮祭をするときに、「降神の儀」と神主が言って「オォーー」と声を出すのがどういう意味なのか気になっていたが、ある時「ひょっとすると、これは神様の動かれるときの“音”ではないか」と思い当たった。その後何度も聞いたが、この認識が正しいかどうか確かめていない。ほかの宗教では、こんなことはどうなっているのだろうか。 みあれ祭りの時も、三人の神職のうちの二人が、「オォーー」と言い続けていた。念のためもう一つつけ加えると、「みあれ」とは出現とか誕生を意味する言葉である。 次は“蛇足”。この五月に、長い間の念願であった「沖島」(おきのしまと読む)に行って来た。「おきのしま」というと島根県隠岐郡の隠岐諸島と思われるかもしれないが、そこは「隠岐国」であり、百科事典にも「おきのくに」と出ている。「おきのしま」で出てくるのは宗像郡大島町に属する「沖島」である。記事には、膨大な祭祀遺跡や「海の正倉院」といわれるぐらいの国宝の話が出てくる。ここは周囲4.5キロの小さい島であるが、全島神域であり、上陸の際は素っ裸で禊ぎをしなければならない。もちろん私も禊ぎをしてお参りした。第二次大戦の時には、「陸・海軍施設を建設し、数百人の兵が駐屯したが、この時も信仰上の慣習は守られた」(角川地名辞典)ということである。 (糸乘 貞喜) ■李政美(いじょんみ)さんの居酒屋コンサート 〜ここにも追っかけおばさん族がいた〜 李政美さんは在日韓国人二世で、一時期国立音大でクラシックを目指していたが、ポピュラー音楽の方に転向し、今、全国の市町村主催のコンサートなどを中心に活動している。李政美さんの歌は、韓国語のものもあるが、ほとんどは日本語で歌詞もわかりやすく、彼女のクラシックで鍛えた声量と澄んだ歌声は曲と合って、なかなかいい。彼女の歌の中では、金子みすずの「みんな違って、みんないい」というフレーズで有名な「小鳥と鈴と私」、中原中也の「湖上」、宮沢賢治の「星めぐりのうた」など、過去の著名な詩人の詩に曲をつけているものもある。 歌の説明を文章で長々説明してもしかたないので、興味ある方は、是非聞いてみていただきたい。まだ、メジャーではないので一般のCD店では販売されておらず、インターネットで検索し、事務所の方に連絡すると郵送してくれる。 10月5日(日曜日)に博多区清川3丁目にある居酒屋でのコンサートのお誘いを受けたので、聞きにいってきた。 居酒屋は、4人掛けのテーブルが6脚程度しかおけないようなスペースのところであったが、当日はテーブルも片付けられて、40名程度のファンが集まっていた。年齢は40〜50歳代がほとんどで、女性が7割程度であった。 歌が始まる前に、自称「李政美さんを応援する会」というグループ代表の方が挨拶された。この挨拶の中で驚いたのが、なんと東京、京都、大阪からのファンも来ているということであった。このような内輪のコンサートであったからこそ、わざわざ博多まで追っかけてきたものと思われるが、つくづく今の40〜50歳代の女性パワーには感心させられる。(追っかけが女性であるということは、話をして確かめていないが、コンサート終了後に熱心に李政美さんと並んで写真を撮っていたのは女性たちだけであった。) 月間「文藝春秋」10月号の中にも「日本おばさん族の研究 〜なぜ「おばさん」は氷川きよしにはまるのか〜」という取材記事が掲載されていたが、追っかけ費用に年間2百万円をかけている人もいるらしく、道楽を超えて「追っかけ」が人生そのものであるということであるらしい。李政美ファンと氷川きよしファンの質は、多少異なるけれども、「追っかけ」という面をとらえると、その本質は変わらない。 子育ても終えて、少し遊ぶ余裕のお金も蓄えている「T(TIME:時間)・M(MONEY:時間)余裕世代」が、これからますます増えてくることを考えると、これからのまちづくりは、これらの人たちのニードを無視できないことを改めて実感したコンサートでもあった。 (山田 龍雄) ■着物とともに季節を楽しむ 今年3月からほぼ2ヶ月に1回のペースで開催されている「お着楽倶楽部」に参加している。この「お着楽倶楽部」はモンブラン倶楽部(よかネットNo.58参照)で行われているもので、先生の熊谷絵津子さんは本業であるライターの仕事の傍ら、個人的に依頼を受けて着物の着付けをされている。モンブラン倶楽部のお客の中に着物の着付けを習いたいという人がいたこと(私もその1人である)、熊谷さんからママにいろんな人に着物に親しんでもらいたいという話があったことがきっかけとなって実現したものである。 「お着楽倶楽部」では毎回、季節に応じた着物の着付けを熊谷さんに教えてもらい、そのあとで日本の四季折々の行事や着物について熊谷さんにお話をしてもらうという構成になっている。七夕飾りをみんなで作ったり、お抹茶をみんなで飲んだりなど、ただ着付けの勉強をするだけではないというのが参加する上での1つの楽しみでもある。 着付けの練習に使う着物はすべて熊谷さんの私物。それも決して高価なものではなく、呉服店の閉店セールや質流れで手に入れたというものが多いそうだ。「これは質流れで10円で買ってきた」というものもあり、どんなところで着物を買ってきたのかという話を聞くだけでも本当に楽しい。私もそんな戦利品の中から、浴衣をとても安く譲ってもらって夏に何度か袖を通した。 着物の着付けを習い始めると、家でも練習がしたいと思うようになった。何とか安く着物が手に入らないだろうかと思っていたら、9月の「お着楽倶楽部」で質屋さんにショッピングに行くことになった。安いものなら1,000円で手に入るという。気に入ったものがあったら買おうかなぁという軽い気持ちで連れていってもらった。 質屋さんに到着すると既に多くのお客さんがいた。着物を買いに来ている人はもちろん、パッチワークなどに使う布を安く調達するために来ている人もいるとか。そこではゴミ袋サイズの透明な袋が買い物かご。みんな気に入ったものがあると片っ端から袋の中に詰め込んでいく。最初はその勢いに押されていたのだが、せっかく来たのだから何かいいものを見つけて帰ろうと思い、デザインと値段を見ながら何着かを選んだ。 実際鏡の前であわせてみると、いくら気に入ったデザインでも自分にあわないものもある。また、古着なので裄幅が短くて断念したものもあった。結局、熊谷さんにアドバイスをしてもらい、着物を3,000円、帯を1,000円で購入した。着物を購入した日はもちろん、その後も家で着物と格闘している。「お着楽倶楽部」で教えてもらっているときは自分でも何とか着られそうと思ってしまうが、やはりそう甘くはない。ああでもない、こうでもないと一人ごとを言いながら、そんな着付けの練習を楽しんでいる。 10月10日にはオプション企画のお月見会があった。その日はきちんと熊谷さんに着付けてもらって、望遠鏡で満月を見たり、お団子を食べたりというひとときを過ごした。今年になって季節を感じる催しのときはいつも着物を着ている気がする。いつかちゃんと自分で着物が着られる日が来るよう、練習に励みたいものである。(梶原 里香) |