<よかネット>No.63 2003/5
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所 員 近 況

■建築家と散髪屋さんは瞬間・竣工式サービス業か ―忘れられない散髪屋さんの話―
「散髪屋さんと建築家は同業だなぁ」とつくづく思ったことがある。もちろん今も、その考えは変わらない。共通点が多いので、それを挙げてみよう。
@どちらも「知的サービス業」である。昔、大阪の淀屋橋だったか、桜橋だったか、渡辺橋だったかのあたりに“頭で刈る頭"という看板を出した散髪屋があった。一度行ってみたいと思っていた。今はあるかどうかわからないが、あれば行ってみたいものだ。
 建築家の方は、クライアントの将来の生活の基盤をデザインするのだから、まちがいなしに知的サービス業である。
A自分の知識や腕に自信を持っている点で、双方はよく似ている。散髪屋は自分のイメージしている仕上がりパターンに客の頭を当てはめていくように思える。私のように格好のよくない顔や頭の人間は、散髪屋に行く度に憂鬱になる。
 建築家も、街のたたずまいや周辺の家などとの調和よりも、自分のイメージしている家の形を、敷地に押しつけようとしているように思える。これらは、ともに自信の表れであろう。
B3つ目の共通点は、双方とも“竣工式にこだわる"ということである。本当はこのことを伝えたかったのである。建築家は、周辺の風景やたたずまいとは関係なしに、その建物が竣工式当日に「いかに見栄えがいいか」にこだわる。竣工の次の日に雨漏りがしてもあまり気にしない。それはデザインという知的サービスとは関係がないのだろう。散髪屋さんが一番力を入れるのは、「ハイ終わりました」という瞬間である。たとえば、竣工の直前に頭にくしを入れて、少しはみだして髪などがあると、パラッとタオルをかけて、少し長いような髪をハサミでチョキチョキと切り落とす。あの恐怖の瞬間、私などは背中のあたりが引きつるような、ゾクゾクするような思いにとらわれる。1〜2本の髪が首すじに入るともう落ち着かない。あわててトイレに入ってシャツ下着まで脱いで髪を落とすはめになる。あれほど丁寧に、髪を櫛で分けてくれても、次の日に、同じ筋でわけるということができない私などにとっては、意味がないのだが。
 実は昔から考えていることがある。あの分ける筋を2〜3cmの幅で2〜3回くしを入れて、どの場合でもおさまるようにしておけば、竣工後(翌日の朝)も、毎朝散髪屋さんの掟に合わせる苦労がいらないと思う。
 これが瞬間サービス業だという意味だ。しかし、一度だけ「長持ちサービス業」の散髪屋さんに出会ったことがある。
 東京の永田町のあたりで時間が1時間余りあいてしまったことがあり、ついつい地下の散髪屋さんに入っていった。地下鉄永田町を上った有名な砂防ビルの近くのことである。そこで頭を刈ってもらっているときに、40代ぐらいの男が入ってきた。そして散髪をしてもらうわけでもなく、そこにいた同年輩ぐらいの男に声をかけた。「昨日タケシタさんが来られたようですね。」といって、しばらくして「何かいっておられたかな……」というような感じのことをいった。当時「竹下」という首相経験者がいて、辞職後1年程度の頃のことだったと思う。「なるほど、ここはそういうところなんだな」と思って聞いていた。
 そして私の散髪が終わってお代を払うときに、60代ぐらいの私の頭を刈っていてくれた主人が「分けるところは、ずれてもいいように調整してありますから」というようなことを言った。私は驚いて「エッ!」といったが、瞬間的にこの主人の言ったこと、やった仕事のことがわかった。つまり「長く続く知的サービス」をしてくれたのである。次の日から頭を洗って櫛を入れるとき、髪の毛の分け目に気を使わなくてもいいので、気分がよかった。
 もちろん「続くサービス業」をやっている建築家もたくさん知っている。しかしそうでない人も多いように思う。
 なぜそうなったのかを考えると、建築家も散髪屋も規格品大量生産工業の時代の影響を受けて、規格型サービス大量生産を追求することになったのではないかと思う。だから、あらかじめ考えているパターンで、仕事を進めてしまいたいと思うのだろう。今時「床屋政談」(散髪をしてもらうでもないのにたむろしていて、政治のことをあれこれしゃべりあうこと)などという言葉も聞かない。
実は去年の秋にその散髪屋さんを探しに行った。昔入っていた3階建くらいの小さいビルは消えてしまっていて、大きい立派なビルがあった。その地下に散髪屋さんはあったが、私に“一言"いってくれた老主人は見あたらなかった。私はそのまま帰ってきた。    
(糸乘 貞喜)

■ 沖縄で飲んだ不思議なお茶〜ぶくぶく茶〜
 以前から大好きな着物を着てお茶をたてることができたらいいな、と思っており、とりあえず行動に移そうと、4月から茶道教室に通い始めた。「今年こそは茶道教室に行く」と、年初めに会社で公言していたこともあってか、「お茶を習おうと思っているのであれば、沖縄にぶくぶく茶の先生に会いに行くから一緒にどう?」と、所員の尾崎が声をかけてくれた。
 ぶくぶく茶に関する本を読んでみると、「大きな木鉢に煎り米湯と茶湯を入れ、大きな茶せんで泡立てる。茶碗に小豆ご飯小さじ一杯くらいと煎り米湯を注ぎ、その上に茶せんですくった泡をソフトクリームのようにこんもりと盛る。泡の上には刻んだ落花生をふりかける」とあった。茶せんですくえるくらいの泡が立つのは、使用する水が沖縄の地下水であり、その水の硬度が高いということが大きなポイントで、水の硬度が低ければ、決して泡立つことはないそうだ。本の写真を見ながら、「お茶を飲む」というよりは「泡を食べる」という感じなのかな、というイメージを持った。
 ぶくぶく茶についてお話をして下さったのは、NPO法人琉球の茶道ぶくぶく茶あけしのの会・理事長の田中千恵子先生。先生はぶくぶく茶について約25年研究をされており、平成4年にあけしのの会を設立した。先人が残した文化遺産であるぶくぶく茶を今後も残していきたい、また、ぶくぶく茶を通して世界の人たちと仲間づくりをしたいということで、平成12年にNPO法人を設立している。
 早速、先生にぶくぶく茶をたてていただいた。木鉢には煎ったお米の煮汁にお茶を混ぜたものを入れた。茶せんで泡立て始めると、あっという間に木鉢が泡でいっぱいになってきた。泡が立つのにしばらく時間がかかるのではないかと思っていたので、こんなに簡単に泡が立つものなのかと正直驚いた。先生の家に伺った4人が、交代で泡立てを体験。泡立てすぎたためか、少し泡が硬くなってしまった。
 茶碗には煎った玄米の煮汁を入れる。その上に茶せんで泡を盛った。茶せんで泡をすくい、軽く茶せんをたたいて茶碗に落とす。煮汁の上にふわっとのった泡は本当にソフトクリームのよう。最後に刻んだ落花生をふってできあがりである。
 ふつうのお茶は一人分ずつ、茶碗に抹茶を入れ、湯を注ぎお茶をたてるが、ぶくぶく茶は大きな木鉢で何人分もの泡を立ててから茶碗に盛り分ける。お茶といえどもこのように違いがあり、ぶくぶく茶への興味をさらにかき立てられた。
 お茶菓子と一緒にぶくぶく茶をいただいた。泡の中から玄米のいい香りがしてくる。玄米の煮汁の量が多かったこともあったとは思うが、「泡を食べる」というよりも、「煮汁と一緒に泡を飲み込む」といった感じであった。前日宿泊した宿の女将さんにぶくぶく茶を飲みに行くといったら、「あまりおいしいものではない」と言われていたのだが、すっきりした味のお茶であった。
 琉球装束をまとい、実際にお道具を使ってお茶をたてる体験もさせてもらった。先生に指導していただきながら、最初から順を追ってたてていく。お茶をたてたときに泡ができ、その泡を茶碗に盛る以外の部分は、通っている茶道教室でみている(通い始めたばかりなので私自身はまだお茶をたてたことがないが)手順とそう大きくは変わらない気がした。
 田中先生はぶくぶく茶の教室をされている他、要請に応じて高校などに出向いてぶくぶく茶を教えたりしている。ご自身の教室で教えている生徒の中には、小学生くらいのお子さんもいるそうである。
 自分がお茶を習い始めたことがきっかけになって、沖縄の伝統文化のひとつに触れることができたのはうれしい誤算だった。作法通りにきちんとたてることはなかなか難しいとは思うが、自分でもちょっとたててみようかな、と思っている。
(梶原 里香)

都市住宅学会九州支部の設立準備会が発足
日本の住宅事情は、戸当たりの面積も増えてかなり改善してきたとはいえ、特に都市の住宅事情はまだまだ様々な問題を抱えている。例えば、借地借家法の問題、都心の空洞化の問題、マンションの管理問題あるいは建替問題などである。
都市住宅・都市居住の問題について、これまで建築、住居、都市計画、法律、経済、福祉、政治など様々な分野で研究されてきたものを総合的に研究することを目的として、「(社)都市住宅学会」が10年ほど前に設立された。
学会の活動内容としては、論文の募集・審査やシンポジウムの開催、機関誌の発行、受託調査、功労者の表彰などを行っている。
 「(社)都市住宅学会」は現在、本部のほかに関東支部、関西支部、中国・四国支部の3つがあったが、今回九州大学の竹下輝和教授(都市・建築学)を中心として、九州支部を設立することとなり、4月12日に支部設立準備総会が行われる。九州支部は九州・沖縄各県を地域として、大学や行政機関、民間等が現在のメンバーとして名を連ねている。
九州支部の当面の活動は、機関誌の発行と名簿の整理を基礎とした人的ネットワークの確立、九州地方の課題把握と関連する講演会等の実施、新規会員の増強となっているが、要は『まずはひと集めとカネ集め』ということの様であった。
当日、記念講演として、千葉大学法学部教授で(社)都市住宅学会会長の丸山英気氏に「都市居住について〜法的視点から〜」と題してお話しいただいた。法律の話なので難しい面もあったが、少し紹介したい。
・マンション建設で起こった日照問題は、建築基準法にあったものを作れば問題ないのかという話で、このような場合、合法であっても司法の場に持ち込まれることになる。裁判所は、被害者は我慢の限界を超えているか(受忍限度)、加害者は回避できたかどうか等で判断をした。
・瑕疵担保責任については、マンションは不具合を発見してから1年以内となっているが、宅建法では引き渡しから2年以内とされている。ところが、売れ残りの物件があった場合、引き渡しから2年とはいつなのか、はっきりしていない。マンションにおける瑕疵とは何かもはっきりしない。建築裁判は医療裁判と並んでややこしくなっている。
・マンションの管理は、日本では管理組合によって行われるのが普通になっているが、独仏等に学んで作った昭和37年の区分所有法では、プロの「管理者」が管理することを想定しており、組合の理事長が「管理者」になることは想定していなかった。素人が管理者になっていることが、大規模修繕の問題、積立滞納者の問題、賃貸化の問題などに対処できない原因になっている。プロに頼んで、お金で解決する仕組みがあってもいいのではないか。

九州支部設立は急に動き出した話で、今年の秋(11月)に九州で学会の全国大会を開くこともすでに決定している。秋の全国大会のときには、また報告したいと思う。
(伊藤 聡)









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