<よかネット>No.55 2002/01
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おかみさんの経済学−女のアイデアが不景気をチャンスに変える!
冨永照子(浅草おかみさん会会長)
角川ONEテーマ21

  ●「ごめんなさい...」と思わず言いたくなった。地域づくりの本質を教えて貰った本
 女性の仲間同士で何かを始めるとき、仲間の女性に頼られるリーダーはすばらしいと思う。それは優れたリーダーシップと、何を目的としているのかをはっきりさせ、その思いをみんなに伝えることができている人だからだと思う。この本を読んで、浅草にそのようなすごい女性がいることを知り、話を聞きに行った。
 冨永照子さん本人にはお会いすることができなかったが、おかみさん会の星野京子さんと、会が経営する物産館の人からお話をうかがうことができた。
 著者である冨永照子さんについて本の中から抜粋すると、以下のような経緯を持つ人である。
・昭和12年、浅草仲見世老舗四代目に生まれる。
・昭和30年、和菓子屋菊水堂の冨永健司さんと知り合い結婚。大店のおかみさんとなる。
・ところが、浅草の旦那衆は遊びが好きで仕事は二の次。「のれん」とも結婚したと割り切り商売に力を入れるようになる。
・昭和39年、東京オリンピック以降浅草全体の売上げがガタッと落ち、まるっきり人のいないゴーストタウンのようになった。昭和43年、浅草に来て良かったと思う街づくりをしようと「浅草おかみさん会」設立。
・観光案内図づくり、無認可保育園設立、日本ではじめての二階建てバスの導入、浅草サンバカーニ
バル開催、タウン誌「おかみさん」発行、ニューオリンズジャズの誘致等の活動多数
・平成5年「浅草おかみさん会」は資本金320万円の「協同組合浅草おかみさん会」へと生まれ変わる。
・同時に全国おかみさん会を組織しようと言う動きが起こってくる→全国商店街おかみさん交流サミットを開催
・「株式会社浅草観光振袖学院」を設立。かわいい振袖さん(京都では舞妓さん)で街に賑わいを取り戻そうとしている。
・平成9年、組合自前のビルを建設し、全国から集めた「全国物産館『旬の市』」をオープンする
 とにかく、浅草の活性化のために、おかみさんが一致団結し、がむしゃらにやってきた歴史が書かれた本である。
 その冨永照子さんについて星野さんが語ってくれたのだが、まず一流のロビーイストであり、地域を読む感が優れており、リスクを負って実行する人だそうだ。本からこれまでの活動をみても、国からの補助金を引き出すために画策することはなく、常に自分やおかみさん会が手出しをしリスクを負っている。
 また、組合自前のビルの1・2階にある、全国から産品を集めた旬の市では、全国会員50団体(個人・自治体・JA・会社・商工会等)からの産品がぎっしりと並べられている。平日130〜160人、休日は大小関わらずイベントを行い、平日の3倍の入り込み客があるそうだ。区の調査では土日の通行量が浅草のメイン通り「雷通り」より多かったという話もある。買っていく人は個人客以外にも、おかみさん会会員が経営する飲食店約20件もいるため、ある程度の安定収入が見込める。
 この旬の市は、地域産品の一番のネックは流通であると認識し、地域で作られる産品が売れるようにする手助けをしようと始めたのがきっかけである。
 常に浅草のため、全国で知り合ったがんばる女性のため、やろうとしている地域のため...と、その人や地域が生き生きとするためにリスクを負って行動していることに、江戸っ子のきっぷのよさと温かみを感じた。「勇気」「やる気」「元気」「リスク」がこの本のキーワードであるが、今の私にはこれほどの情熱はないのではと感じた。ひたすら「ごめんなさい」と思いながら読んでしまった。   (澤谷 真紀子)
 


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