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●20年以上住んでいても「地元もん」でないという話
当社ではまちづくり計画の調査において、できるだけ多くの住民の意見を聞く手法のひとつとしてワークショップなどを行う。この時に、ときどき住民から少し愚痴っぽい意見として「ここでは20年、30年住んでいても地元もんと違うんですよ。」と言われることがある。このように、「地元もん」がいる集落の近くに「よそもん」が入ると、集落のしきたりや行事などで「よそもん」は「最初に聞いた話と違う、なかなか仲間に入れてくれない」と、逆に「地元もん」は「転入者は勝手に入ってきた上に、協力してくれない」などと相互に折り合いがつかない意見がみられる(これについて「よかネット48号」志摩町のワークショップの話で詳しく掲載)。地域の勢力は、やはり今でも数が少ない地元の人が握っていることが多いと聞く。
“地元の人”と“新規の人”がいるのであれば、どの程度の比率を占めているのであろうか。ここでは、戦前で我が国が比較的安定していた時代である昭和10年に住んでいた人を「地元の人」と定義し、新規住民率を次のように設定した。昭和10年だから当時の世代とは入れ替わっていると思うが、基本的に今の人数が後を継いだとして考える。
(当該年度の人口−昭和10年度の人口)
新規住民率=
当該年度の人口
対象市町としては、福岡都市圏で主に@昭和30年から40年代以降より宅地開発が進んできた、A昭和10年代には炭鉱での転入者がいない、B農業が主流で、それほど人口の集積がなかったことなどの大まかな基準をもとにモデル的に抽出した。従って、当初より炭鉱地帯だった粕屋南部の志免町、宇美町は除外している。
●福岡市南部の市町のほとんど9割近く、または9割以上 が新規住民
春日市や大野城市では、既に昭和50年時点で新規住民が9割を超えた。この数字は、人の入れ替わりがあった結果の比較であるため、9割新規住民といっても、当然居住年数は異なる訳であるから、実際には古い新規住民とニューピカの新規の人との階層は分かれていると思われる。いずれにしても昭和10年代に住んでいた人は、全人口からみると1割もいないのである。
●宗像市、古賀市は、まだ新規住民率は7割〜8割台
一方、昭和40年代から昭和50年代にかけて大規模な宅地開発が進められてきた宗像市、古賀市では福岡南部に比べて開発が少し遅れたこと、また、福岡市に隣接していないといった立地条件等の理由で、新規住民率は9割には達していない。
●高齢化した新規住民へのサービスをどうしていくのか
福岡都市圏で純粋にベットタウンとして発展してきた町では当然、現況では“地元の人”は極めて少ない訳であるが、@元々が土地を多く所有している地主さんである、A地域の行事や祭りに古くから係わっており地域に不可欠な人など、地域では依然として力を持っている人が多いため、新規住民とどのように折り合いをつけていくかについては地域のコミュニティづくりを考える上で重要な課題となる。
また、春日市や大野城市では昭和30年代に新規住民率が8割近くあったことを考えると、この当時35歳前後で転入してきた人は既に70歳を超えていると推察される。また、宗像市や古賀市など昭和50年代に、同じように35歳前後で転入してきた人は、既に60歳前後になっていると推察される。特にまとまった宅地開発をしていた団地では、サラリーマンを退職した高学歴の高齢者はますます増えていくのだから、次のようなシニア対策の考えたまちづくりの視点がいるのではないかと思う。
@現在、60歳前後の知的好奇心が高いシニアに対して 知的な時間を楽しく過ごさせる場やシステム。
A医療費の自己負担が高騰することを見通して、楽しく健康づくりができる場やシステム。
B老人会以外で気楽に交流でき、楽しむことができる場やシステム 等
(やまだ たつお)
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