<よかネット>No.54 2001/11
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ひともうけ通信8

居酒屋が自然薯づくりを始めた“わらじや”の崎田裕子さんと
こだわりの卵農家が鳥料理店になった“すうゆう庵”の末崎貞子さん
澤谷 真紀子、糸乘 貞善

 ●居酒屋が兼業農家になり、農家が鳥料理店を始めた “農家料理・雛遊庵”という看板だと思ったが少し違っていた。雛のツクリが鳥になっており、遊は游が正しく、気障な店名だとも思ったが、そこに農家というホットな雰囲気がついていた。一方の“わらじや”は畑の自然薯の方が初対面だった。
 “すうゆう庵”は私の住まいと近いので、東京や関西方面から人が来る度に、賞味していた。“わらじやにはこの夏に、西新の店に出かけた。店で「女将さんはいらしゃる?」と聞いてお会いした。「じつは、自然薯の畑とは会っているんですが」と言いながら少し話を聞いた。いずれにしても、店では話が聞けないので、畑に行かれるときに畑で会うことにした。7反の自然薯畑で、蚊に刺されながら崎田さんと話し、いずれ末崎さんも含めて話を聞く約束をした。

美味しい話を少し紹介
 “わらじや”のウリは鮮魚と自然薯となっているが、魚は少し気を配っている店ならば福岡の店はどこでも旨い。オススメは自然薯である。メニューの一部をあげると、月見とろろ、いくらとろろ、納豆とろろ、麦とろごはん、魚の山かけ、自然薯のお好み焼きなどで、友人を連れて何度か行ったが、生とろろ(単にすりお
ろしただけの物)やとろろ汁などはいつも絶賛している。
 “すうゆう庵”は鳥の全部をいただくという考えが原点になっている。刺身だけ見ても、ササミ・ムネ・モモ・キモ・スナズリ・ハツ(心臓)・ホルモン・レバーがある。もちろん塩焼き・唐揚げ・肝煮・うま煮・ピリ辛炒めなどなど食べきれないほどでてくる。それでいて3,000円は安い。農家昼定食は1,500円である。
 最初から最後まで鶏・とり・トリのオンパレードで、そのバリエーションの豊富さと最後の満腹感に驚かされる。盛りつけも美しくデザートも素朴でおいしいためか、いつ行っても賑わっている。
 一度出かけてみていただきたい。魚・自然薯・鶏・野菜のどれをとっても、ご当地料理の趣が十分に出ている。          (いとのり さだよし)

出会いは農業者が主催する異業種交流会だった
 末崎さんは、平成10年に“すうゆう庵”をオープンし、同じ頃、崎田さんは父の出身地で縁のあった志摩町で自然薯栽培に取り組み始めていた。
 二人が出会ったのは平成9年、志摩町でハーブ園を経営する農業者が主催する異業種交流会だった。「料理の店を出したい」と思っていた末崎さんと、「本格的に自然薯を作りたい」と思っていた二人が出会い会話を交わすうち、意気投合したそうだ。
 「先日は、上手なクワ打ちの方法(土がクワにつかないやり方)を教えてもらったね」といった話も出てくるなど、これまでの経験を通して互いに教えあいながらきているようだ。

●居酒屋からなぜ7反も農業をはじめてしまったのか               〜崎田裕子さん〜
 崎田さんが経営する“わらじや”は、昭和50年に脱サラで始めたものだ。炉端焼きから始め、付け出しや野菜が食べたい人への心配りとして、母親に教えてもらった家庭料理を作っていた。その家庭料理がわらじやの原点となっている。ふっきれたともはじけたとも言えるかもしれないが、崎田さんが店の経営に責任もって取り組み始めたのが、7年前、離婚を期にである。一方で、農業への夢は益々ふくらんでいったそうだ。
 自然薯を店のメインとしだしたのは15年前で、最初の8年間は色々なところから仕入れていた。その後、知人が福岡市近郊で自然薯の生産組合を作ったこともあって、そこと協力しながら出していたが、平成10年には志摩町で農地を借り受け、自分で栽培する自然薯が店の大半を占めるようになりだした。
 現在、7反の農地を借り、4.5反で6200〜6300本の自然薯を植えている。2〜3月に全て収穫し、専門の冷蔵庫で保管、年中通して口に出来るようにしている。店の設備としては、自然薯専用のおろし器などというものもあるそうだ。ちなみに、冬の2〜3月に掘り起こしたものが、アクが少なく、味に円熟味が増しおいしいそうだ。
 志摩町にこだわって農地を求めたのは、まず、父の出身地であり縁があったこと、次ぎに、店から20km圏内(農地を借りるときの移動上の距離限界)のところであったことと、異業種交流会などで、地元の人や農業委員とのネットワークが出来ていたことだという。当初は農地を借り受けることに対し、「何しにきたとな、不動産にするとな」と農業委員にも言われたこともあったそうだが、つきあっていく内に「ネットワークのある志摩でないと!」とこの地に執着したそうだ。

●卵農家がなぜ飲食店を経営しようと思ったのか
             〜末崎貞子さん〜

 一方の末崎さんは、農業からが始まりであった。志摩町に隣接する二丈町の農家に生まれ、小学校の時から「糸島農業高校に通い、農業をやる」と決めていたという根っからの農業家である。21歳で志摩町に嫁ぎ、イチゴと米を生産していた。現在17歳になっている娘さんを妊娠している頃には、ハウスのイチゴ栽培は体力的に難しくなってきていた。この頃から、何を作っても作り損が続いており、「自分の作った作物に自分できちんとした値段をつけられないのは農家だけではないか」と疑問を抱え悶々としていた。
 15年前、32歳の時に鶏卵の生産に取り組む。きっかけは、息子さんが病気をしたことであり、健康や命の基である食について「現在の食べ物は間違っている。せめて家族には自分が作ったものを食べさせよう」と意気込んだことだという。
 最初10羽の家庭用だけだった鶏が、50羽、100羽と増えていき、1年後には500羽を飼育するようになっていった。ピーク時は1800羽を自家配合飼料で飼育していたが、それら全てを手作業で行っていた。自然食の店、学校給食、個人向けなどに出荷し、季節の折々に“収穫祭”と称してお客さんへ鶏料理をふるまいファンを増やしていった。この頃、ご主人が他界され、命への執着が強くなってきたという。色々な勉強を鶏飼育のかたわらに行い、「九州志摩の自然塩」など、現在も、すうゆう庵の味にかかせない、良い食材に出会ったのもこの頃だという。

それぞれ10〜15人の若者が元気良く働いている
 自然薯、鶏ともに、自分達自身で育てているため、料理には素材の安全さに対する自信が感じられる。また、大事に育ててきたというお二人の気持ちは、“おいしい”“命を無駄にしない”“適正価格である”という面で料理に出てきていると思う。これを崎田さん、末崎さんという生産者の顔を見て「安心だな」と確認でき、おいしさが増すような気がしている。
 その上、どちらの店も若い人が元気良く働いていて気持ちが良い。“すうゆう庵”は10名、“わらじや”は15名のスタッフがいるそうだ。スタッフにはそれぞれの子どもさん(娘・息子とも)も含まれていて、たのもしい。福岡県西部のお気に入りコースに加えていただきたい2店だ。     (さわたに まきこ)


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