<よかネット>No.53 2001/09
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中国の経済首都・上海はまだまだ元気
−6年ぶりに訪れた上海−

1995年6月、社内外のメンバーで北京、上海の視察に行って以来、6年ぶりの上海を見に行った。きっかけは昨年の米国西海岸視察のメンバーが集まった時だった。
●上海を見に行こう

西海岸視察の際の数人のメンバーで、2カ月に一度くらいの情報交換会(福岡、北九州、久留米など)を行っている。6月の北九州での会合の際に、福岡県の観光ミッションが北京、上海で開催されるという話が出て、上海の成長の凄まじさが話題になった。特に、パソコン、ソフトウェア関係は日々変化しているので、一度見に行こうということになり、今回の上海視察となった次第である。
前回の視察は北京と上海の両都市の都市開発状況を中心テーマにしていた。今回は、ベンチャー企業、特にPC関係の企業を中心とした視察である。7月16日から7月20日の5日間を上海で過ごした。
●浦東から昆山、蘇州へ広がる経済開発
JETORO上海の資料によると、上海市の国内総生産は2000年で約4、600億元、約72、000億円(現在100円が約6.5元)と言われている。福岡県の県内総生産は1997年で約188、041億円であり、上海市は福岡県の約38%の経済力を持つ地域に相当する。
このうち、上海市の第二次産業は2、200億元、第三次2、300億元を占め、経済特区として開発されてきた浦東新区の総生産は、第二次産業の22%、第三次の19%を占めている。しかし、上海市への海外からの投資はまだ続いてはいるものの、周辺の地域に新たな開発地区が形成されており、とくに、蘇州方面への投資が増加している。空港のある虹橋地域から西に、高速道路で1時間以内の昆山や蘇州郊外での開発が盛んになっており、シンガポールとの合弁や台湾企業からの投資が増えている。
●成長を支える若年人口の流入
上海市の経済発展、雇用力の増加をあてにして、周辺の農村部や市外からの流入人口が増加し、今の上海市の人口は、約1400万人、このうち半分が市区部など外環道路(建設中)内に居住している。しかし、ガイドさんの話によると、全ての人々が戸籍を持っているわけではなく、職を求めて外から入ってきた流入人口が相当あり、正確な人口は把握できていないようである。
市街地の土地開発は、70年間の借地によって開発が行われているもので、市街地の内環道路付近には新しい高層マンションが次々と建っている。しかも、上海の経済成長によって、こういうマンションに入居できる人々がどんどん増えている。一方、建替前に住んでいた旧住民には、郊外の新しい住宅が提供されるケースもあり、喜んで移転していく人も多いとのことであった。これら高層ビルのそばには、低層住宅の密集する市街地もまだ存在するが、いずれ高層住宅に建替えられてしまうようだ。
今、上海の市街地には、30階建て以上の高層ビルが3300棟以上あると言われている。とくに無料の都市高速道路である内環道路を走るとその壮観なビル群がいくつも見られる。前回の視察の時にはこの道路は完成していなかったが、この道路の完成で、高層ビルが次々と市街地に登場してきた。今度行ったときには、すっかり古い居住地が無くなっているのではないかと思うほどエネルギッシュな街である。一方、周辺部の農家では、農業の跡継ぎが居なくなっている。都会の職に憧れて都市へ職を求める若者が増加している。しかし、農地の契約期間は30年ということであり、今農業をしている世代で、農業を止めてしまう農家も相当数いるだろうという話だった。上海郊外、周辺の農業地域は、今は上海市の食糧供給地域として重要ではあるが、いずれこの地も開発され、様変わりをしてしまうのだろう。
●成長する上海ベンチャー企業
今回の視察先は、ソフトウェア、パソコン関係の企業だった。その中で、上海政府のサポートを受けているベンチャー企業7社のうち、2社のハイテク企業を訪問した。この認定を受けると、3年間は無税となり、4年以降は通常17%ぐらいの税金が半分になるそうだ。日本に限らず、中国でもこういうベンチャー企業育成に力を入れ始めている。
いずれもソフトウェア開発の企業であったが、いずれも急速に成長している企業であった。とくに、N公司は、昨年から毎月10人ずつぐらい増えていて、昨年当初の130人から、一年で100人増やしている。
もう一つのF公司は、売り上げを前年1億元から、今年は2倍の2億元を目標にしていた。当然人員もそれに合わせて増員する予定である。
この2つの企業が上海のベンチャー企業の姿とは言えないが、ベンチャー系は、すごい勢いで人員を増やしているようである。一時期の日本のネットベンチャー景気を見ているような気がしないでもない。
人員の評価については、新卒でも中途採用でも仮採用の期間で能力評価を行い、正式採用で給料が決められている。ちなみに、新卒の給料はソフトウェアでだいたい2000元(約3万円)、メーカーのエンジニアで3000元(約45千円)ぐらい。今の日本の初任給がだいたい20万円とすれば、約1/6程度である。
視察に同行してくれたガイドの話によると給料は新卒とあまり変わらないようであるが、他の地域と比べてお金のかかる上海で暮らしていくには十分とは言えない新卒の給料のようである。
●このまま続くのか円の下落
日本との為替レートは、前回訪れた1995年は1万円が約900元だったものが、今回は約650元にまで円が下がった。物価は、向こうの自動販売機のコーラなどが1元だから、レートでみれば、日本の15円くらいだが日本の実質価値100円だから、中国の生活コストは、日本の1/10程度であろう。つまり、中国の新卒給料2000元、日本円約3万円は、生活実態としては、日本で言えば30万円ぐらいの給料に相当すると思う。
参考までに、10年前からの為替レートをみると、前回訪れた1995年をピークに日本円は急激に低下している。しかし、米ドルはそれほど下がっていない。日本からみて中国での生産コストの低さは企業にとって大きな魅力であったが、経済力の実態を反映する為替レートを見る限りは、日本と中国の新たな関係の構築が必要な時期もそう遠くはないような気がする。
●江沢民主席の出身地上海であることを直に感じた
視察の後の夜の話を最後に一つ。
上海は江沢民主席の出身地であり、公安の取締りも他に比べると厳しいという話であった。初日にあるカラオケ店に行った時のことである。日本と同じように複数の団体が入れる部屋があり、我々もそこの一室を陣取った。一人ひとりにホステスさんが付く。上海出身も居れば、地方から来ている人もいる。日本でいうとクラブみたいなものである。時間は忘れたが、天井の灯りの一つが点滅した、すると一人の女性を残して、蜘蛛の子を散らすように(まさにこの言葉のとおりである)皆が部屋から逃げていった。我々はみなどうしたんだろうと思った。残った女性が言うには、灯りの点滅は、公安が店に来るという合図で、こういうカラオケボックスのサービスの場合は、部屋に一人ずつしか女性が居てはいけないという規則になっているため、皆が退散したそうである。しばらくすると、皆が戻ってきたが、こんなところで、公安の取締を体験するとは思わなかった。江沢民主席になってから上海の公安の取締は厳しくなったそうである。


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