<よかネット>No.52 2001/07
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琉球舞踊を堪能しにいく「めでる華ごころ」

■沖縄ことばあそびの縁で、琉球舞踊の会へ
 事務所の会議室では「ゆんたくの会」という沖縄ことば遊びの会が定期的に開かれている。この会は西表宏先生(香蘭女子短期大学)が世話役をつとめ、参加者は沖縄県出身の70代の在福岡の男女である。
 戦前の旧制小・中学校時代までを沖縄県で過ごし、その後、戦時中から戦後にかけて疎開や進学で故郷を離れて戦後を全国各地で過ごしたのち、福岡で熟年期を迎えたこの方々は、戦前の沖縄ことばや風物を純粋に記憶に止めている貴重な存在といえる。
 月に1度の集まりは、琉歌や草子を通じて言葉をたどるのだが、文法や用語のカタい話もあれば、話が脱線して時には色めいた話になるなど、つかみどころのない点がこの会の最大の魅力だと思う。私は昨年8月から参加させていただいている。
 そんな折、西表先生から「琉球舞踊の会」の案内が寄せられた。曰く「今世紀最後というくらいの9人の名人のラインナップ」とのこと。円熟の域に達した沖縄を代表する踊りの名手がこれほど一時に揃う機会はもうないということらしい。しかし、聞いてみると「明らかに宣伝不足だから、800名収容の会場でヘタすると100名しか来ないかも」(西表先生談)と何とも心細い。
 急遽、事務所の内外で興味のありそうな方に呼びかけたところ、10数名の応援観踊メンバーができた。
 5月10日の夕方、福岡市の電気ホールに行くと、会場には大勢の人が来ていた。心配は無用であった。我々はゆっくり出かけたため、もう2階席しか空いていなかった。
 席に座ってすぐに開演時間となった。最初の演目は宮城幸子さんによる「稲まづん」。その日の最初の演目というのは、見る方も舞う方も緊張感が満ちていると思うのだが、ステージではそんな張りつめた空気を感じさせない静かな手足の動きで、名人が舞台のソデからしずしずと登場した。
 次々と演目が進んで、観客からは暖かい拍手が送られる。いただいたパンフレットをみると9人の名人は玉城流、太圭流、真踊流などの流派で、いずれも60代前後である。若い男女の仲を演じた踊りや、若い娘たちの踊りなどを軽やかにこなす身のこなしは、本当に若々しく表現されていた。
 途中、解説の時間では、西表先生による琉球舞踊についての説明がなされた。それによると、琉球王朝時代に宮廷内の限られた人々の間でたしなまれていた舞踊が、明治時代に入って徐々に庶民たちの間に伝えられて、庶民の踊りの要素とミックスされるようになり、それが今の琉球舞踊のベースになっているということだ。それでも今もルーツの名残はあって、例えば舞台への出方などにそうした痕跡をとどめている。
 この日の演目は、器楽演奏者たちによる演奏と踊り手の総踊りで締められた。終わった後、会場を出る人も一様に満足げだった。この日の来訪者が1000人前後であったと後日聞いた。    (おざきまさとし)

 

 

 


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