<よかネット>No.51 2001/05
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ひなまつりが各地でイベント化

ここ数年、ひなまつりを地域のイベントとして行っている所が目立ってきた。九州内でもひなまつりの時期に名前が聞こえてくるのは、福岡県では吉井、八女、柳川、大分県では日田、中津、熊本県では人吉、そして今年から佐賀市が加わった。
各地のひなまつりはそれぞれに歴史と地域性を出し、取り組みに特徴を持たせようとしている。今回、所員でひなまつりを巡ってきたので、その紹介と、なぜひなまつりなのかについて考えたい。
●九州では最も早く取り組んだ日田
 日田はひなまつりのイベントを始めて、10年以上になる。九州のひなまつりの中でも最も早い。日田は元々天領であり、豆田地区などに古いまちなみが残っていたが20年くらい前までは寂れていた。倉敷で古い家屋に代々のおひなさまを飾ったのが話題になったのをヒントに、昭和60年頃、日田の草野本家でおひなさまを飾ったところ大きな反響があり、年々おひなさまを出す家が増えていった。
数年後に他の地区でもひなまつりを始め、面的な拡がりになる。また、古い家屋に飾るだけではなく、商店のショーウィンドウでの飾り付けや、ひなまつりにちなんだ小物の販売など地域全体でのイベントへ発展している。
現在日田は豆田のまちなみを中心に、年間250万人が訪れる観光地となっている(今年は昨年サッポロビール園ができた影響で300万人を突破しそうな勢い)。ひなまつりの来訪者は1ヶ月半の期間中に約15万人である。

 

●めぐることに力点を置く吉井
白壁土蔵のまちで知られる吉井町は、日田市と久留米市の中間にある宿場町で、日田市の影響を色濃く受けている。ひなまつりを始めてからは9年目である。
吉井町は「小さな美術館めぐり」として、古い町屋や店舗、喫茶店などまちのあちこちをギャラリー化し、うろうろ歩いて見せるイベントを中心に人を呼んでいる。ひなまつりもそのスタイルに乗り、イベント名も「おひなさまめぐり」としている。
他の地域でも古いまちなみを活用したひなまつりが多く、それをいかに商店街等に呼び込むか、という課題を抱えているが、吉井の場合は古いまちなみと商店街が一致しているという利点がある。
●さげもんと水上パレードの柳川
堀割の川下りで有名な柳川は、旧立花藩の城下町である。立花家の古いひな飾りもひとつの見どころであるが、柳川のひなまつりの特徴は「さげもん」である。さげもんとは、鞠や小袋などの小物を7つつなげて吊したもので、下からの雛壇と上からのさげもんでにぎやかな飾りである。
柳川はひなまつりを始めて7年目であるが、伝統的には「つり雛」と呼んでいたものを、7年前に「さげもん」と呼称を変えている。
3月中旬の休日に「お雛様水上パレード」として、一般公募の女児50組が赤い着物を着て川下りを行う。これが絵になるということで、期間中でも最もにぎわうイベントとなっている。柳川ならではの、川下りとおひなさまの組み合わせである。
1ヶ月の期間中の来訪者は10万人あまり。通常の月の来訪者は約5万人であり、2倍の観光客を呼んでいる。
     
●ひな人形の産地の八女
八女も古いまちなみが多く残っているところであるが、元々仏壇の産地であることが様々な伝統工芸等に活かされ、この時期でいえば九州で唯一のひな人形の産地である。しかし「雛の里・八女ぼんぼりまつり」として行うのはまだ4年目である。それでもまつりに合わせて何らかの飾りを出す家や店舗は、1年目に80軒であったのが、現在では130軒になっている。期間中の来訪者は5〜6万人である。
八女で特徴的なのは、「箱びな」と「おきあげ」。「箱びな」は木箱に入ったまま一対の人形を飾るもので、箱には簡単な飾りが付いている。「おきあげ」は押し絵を竹串で立てているもので、言ってみれば羽子板の飾りの部分だけ取り出したような人形である。「おきあげ」は久留米藩の士族婦人の内職として始まったと言われており、日田や吉井などでも見られる。
●鍋島藩と和菓子のひな飾りの佐賀
佐賀市は今年はじめて「佐賀城下ひなまつり」として開催した。鍋島藩の城下町であり、長崎街道の古いまちなみや旧古賀銀行などの近代建築の建物に、鍋島氏代々のひな飾りや、和菓子のおひなさま、鍋島小紋のおひなさまなどを飾っている。
佐賀市はこれまで観光地としての売り込みをしておらず、通常は観光地として認識されていなかったところが他の地域と違う。それでもテレビのニュースなどで反響があり、期間中約4万人が訪れた。
今年はどのくらいの人が来るのか未知数であったため、市民や商店街などは様子見の傾向が強かったが、来年からは地域への拡がりも出てくるだろう。他の地域も1年目は賛同者が少なかったそうだ。
●圧倒的に女性、特に中高年が多く、男は手持ち無沙汰
ひなまつりに行くと、歩いている人のほとんどは女性である。中高年が多いが、日田や柳川など若い女性やカップルがだいぶ見受けられるところもある。
 
佐賀市で来訪者にアンケートを取った結果では、全体の8割が女性であり、そのうちの6割が50代、60代であった。佐賀市ははじめてなのでまだ浸透していなかった面もあるだろうが、他の地域に比べて来訪者の年代がやや高かったように思う。
男性はたいてい運転手として付いて来ているか、奥さんに引っ張られて来たかで、カメラを抱えて手持ち無沙汰にしているのをよく見かけた。
そもそも女の子がメインの行事であるし、相手は人形なので、男性が積極的に興味を持つというのも難しいところだろう。私も一人でおひなさまを見るのは気恥ずかしくて、いかに「取材です」という振りをするか考えていたが、それでも見ていれば面白かった。
●地元への効果
ひなまつりをイベントとして行うことの効果として、ひとつは日田などでみられたが、古い家屋とマッチすることで、まちなみを残そうという動きにつながっていることがあげられる。
また、吉井のおひなめぐりに代表されるように、回遊性のある仕掛けをすることで中心地に人の流れができ、にぎわいづくりとなっている。ただ、どこまで歩くに堪える楽しみを用意するかが課題だが、日田では歩く先に酒造があったり、柳川では北原白秋の生家があったりという風に、目当てになる何らかのポイントが必要と思われる。
 消費面では、おひなさま弁当を出したり、小さなひな飾りを売るなど商売につなげる動きは盛んである。佐賀市の調査では、食事・お土産・その他で客単価は約2,500円であった。佐賀市はお土産などの消費できるものがまだ少ない中での金額であるため、年数を重ねた他の地域では単価がもう少し上がるのではないだろうか。
 その他、柳川ではおばあちゃんが喜んでさげもんの飾りを作っていたり、八女では観光ボランティアの方たちが自慢げに説明してくれたり、地元の人の楽しみにもなっているようである。
     
●なぜ今、ひなまつりか
ひなまつりは、元々節句のひとつとして各家庭あるいは地域の行事として行われていたもので、知らない人に家のひな飾りを見せるような、観光の対象ではなかった。
しかし今は、工芸品や食品加工の工房、田舎の生活など、体験も含めて日常の様子を見せていくことが観光の大きな要素になっている。商店をはじめ一般の家庭でもひな飾りを見せているというのは、「あそこはどんな飾りだろう」と他人の日常を覗く楽しみみたいなものを刺激しているように思う(といってもひなまつりは非日常か)。
もちろん、天領日田や立花藩、鍋島藩などに伝わるひな飾りの豪華さや緻密な細工は、コレクションや芸術品としての面白さが十分にある。生活用品一式がミニチュアで作られ、幅1cmもないくらいの小さなカードに百人一首が絵入りで書かれていたりする。
中高年の女性がノスタルジックな気分で見に来る、というのは多分にあるとは思うが、少し違った見方をすると、核家族化の影響と住宅問題があるのではないだろうか。
 

核家族化と少子化によって、中高年の女性の身近に女の子が少なくなり、ひな飾りを見たりお祝いしてあげたりする機会が減っているのではないか。さらに、狭い住宅に住んでいるところでは、あっても小さなひな飾りで、7段飾りなど置く場所もなく、大きな飾りを見たい、あるいは子どもに見せたいという気分が働いているのではないか。
 もうひとつ、桜よりも一足早く春を感じられる行事だということもあるだろう。3月3日を過ぎても片付けるどころか、長いところでは4月始めまで飾っているのでいい加減なものではあるが。
こう、ひなまつりが各地で行われると、客を食い合うのではないかという気もするが、JR九州でも各地のひなまつりを一緒に宣伝しているし、実際にひなまつりのハシゴをしている人もいるようだ。現在、オブザーバーも含め冒頭の7地区でひなまつり協議会を作っている。当面、ネットワークを組んで、春先にはどこかのひなまつりに来るように、さらにはハシゴしてもらうように盛り上げていく、という取り組みになるだろう。           (いとう さとし)



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